身長/体重 182cm/115kg
本    名 同じ
生年月日 1970年10月16日
出 身 地 千葉県船橋市
入場曲 未定


高校時代よりアマチュア・レスリングに熱中し、日本大学時代は89年より全日本学生選手権4連覇、全日本選手権2度優勝という輝かしい実績を残す。
大学卒業後の93年4月、アトランタ・オリンピックを目指し「闘魂クラブ」に入団。
全日本選手権に2度優勝したが、96年5月、新日本プロレスに入門。
同年11月1日、永田裕志選手戦でプロデビュー。
2007年
4月8日PRIDE.34にて、「ジェフ・モンソン」選手と対戦。1R 6:37 スリーパーホールドにて敗戦
2006年
5月5日大阪ドームにて、「PRIDE無差別級グランプリ2006開幕戦」
ジェームス・トンプソン選手戦にのぞみ、1回8分25秒 KO勝利
7月1日「PRIDE無差別級グランプリ2006 2回戦でヴァンダレイ・シウバ選手と対戦、1回 9分21秒 TKO(タオル投入)負け
12月31日 PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU- エルダリ・クルタニーゼ 1回 2分08秒 KO勝ち
2005年
7月18日 新日本プロレス 天山広吉選手を破り、第43代IWGPヘビー級王者になる。
8月 新日本プロレス G1クライマックス2005初参戦
10月8日 新日本プロレス B・レスナー選手、蝶野正洋選手と3WAY戦を戦うがレスナー選手が勝利しベルトを失う。
 
2004年
5月 K-1 MMA Championship ROMANEX にて、ボブ・サップ選手と対戦、1回2分15秒 KO で勝利。
6月 新日本プロレス THE CRUSH II にてボブ・サップ選手が返上したIWGPヘビー級王座を棚橋弘至選手と決定戦を行い、11分45秒 レフェリーストップにて勝利し第38代IWGPヘビー級王座に返り咲く。

12月31日 K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!にて、カラム・イブラヒム選手にKO勝利。
2003年
5月 「PRIDE 26」にてエメリヤーエンコ・ヒョードル選手と対戦。裸締めで敗れる。
12月INOKI BOM-BA-YE 2003 にて、イマム・メイフィールド選手(米国)に、2回2分15秒 肩固め にて勝利
2002年
9ヶ月ぶりに7月20日新日本プロレス札幌大会で復帰。
8月8日 UFO LEGEND 東京ドーム大会にて、同門の安田忠夫選手と対戦、勝利する。
12月INOKI BOM-BA-YE 2002でミルコ・クロコップ選手と再戦するが、判定負け。
2001年
アントニオ猪木会長から旧IWGPベルト王者として指名を受け、4月9日・大阪ドームでIWGP王者のスコット・ノートン選手とIWGP統一戦を行い、見事スリーパーで撃破し、2本のIWGPベルトを獲得。第29代IWGPヘビー級王者になる。
5月27日に「PRIDE 14」で高山善廣選手とプロレスラーヘビー級同士の闘いで対戦し、2R 肩固めによりレフリーストップ勝ちを収める。
10日後の6月6日、新日本プロレスの永田裕志選手とIWGPヘビーの防衛戦で対戦。
見事10分57秒 グランドからのひざ蹴りの連発でTKO勝ちで王座を防衛。
8月K-1に参戦。ミルコ・クロコップ選手と対戦。出血によるドクターストップによりTKOで敗れる。
12月「INOKI BOM-BA-YE 2001」に臨む合宿中 右アキレス腱を断裂し長期休養。
 IWGPヘビー級王者も返上
2000年
1月、新日本プロレスから退団し、「PRIDE GP 2000」に電撃参戦。
1回戦でハンス・ナイマン選手を相手に袈裟固めで一本勝ち。
5月、2回戦で”霊長類最強の男”マーク・ケアー選手を文句なしの判定勝利で撃破。
3回戦マーク・コールマン選手戦では左足靭帯損傷の為、セコンドからのタオル投入で惜しくもTKOとなる。
8月、「PRIDE 10」でケン・シャムロック選手(相手側のセコドからのタオル投入)でTKO勝利
12月、「PRIDE. 12」でギルバート・アイブル選手(判定勝ち)を連破。
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